2021年4月、Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOは、傘下のInstagramにおいてクリエイターの収益化を支援する新機能を発表した。
Instagramはすでに、企業のスポンサー投稿によって収益を得ているクリエイターも存在する。しかし今回の機能は、企業にとって最適なクリエイターとのマッチング支援が目的となっており、新人クリエイターにも収益化の機会がもたらされる見込みだ。
今年2月にはTwitterより、クリエイターへの直接課金で追加コンテンツを視聴できる「スーパーフォロー」機能が発表された他、お気に入りのツイートに投げ銭できる「Tip Jar」も開始された。このように過去1-2年に渡って、大手SNSはクリエイターを支援する機能やサービスを続々と公開している。その背景には、クリエイターエコノミーと呼ばれる、新たな経済圏の勃興がある。
クリエイターエコノミーは何であり、どのようなサービスがあるのだろうか?そして、なぜ今注目されているのだろうか?
クリエイターエコノミーとは
クリエイターエコノミーとは、YouTuberやインスタグラマー、ゲーム配信者などに限らず、アーティストやジャーナリスト、フリーランスなど様々な個人クリエイターが自身のスキルによって収益化をおこなう経済圏のことを指す。
彼らは音声や動画、文字などのコンテンツを販売したり、自身のファンからサブスクリプション(以下サブスク)で継続的な収益を得たり、オリジナルのグッズやイベントを開発・販売することで、利益を生み出している。
クリエイターが活動するプラットフォームは、YouTubeやTikTok、Instagramなどの大手SNSに限らず、ニュースレターのSubstackや音声SNSのClubhouseなど、近年急速に注目されてきたサービスも含まれる。また個人が簡単にECサイトを構築できるShopifyや、NFT(所有証明書を付随させたデジタルデータ)のプラットフォームを活用するクリエイターも登場しはじめた。
他にも、サブスクリプション型のクラウドファンディングによってクリエイターを支援するPatreonや、クリエイターの収益管理や企業とのコラボレーションを手助けするStirなど、継続的な活動を支援するツールにも注目が集まる。
クリエイターエコノミーの歴史
インターネットとクリエイターの関係は、黎明期から深いものだった。1999年にはBlogger、2005年にはYouTube、2010年にはInstagramには登場するなど、5年周期でコンテンツのプラットフォームが登場している。
しかし、多くのクリエイターは自身のスキルや作品、趣味などを表現できる場を得たものの、それを収益化するには程遠いのが実情だった。2007年、YouTube広告からクリエイターに収益が還元される仕組みが登場して、コンテンツの閲覧数と比例してクリエイターが経済的報酬を得ることが可能となったが、成功したのはごく一部のクリエイターに限られていた。
その状況が変わり始めたのは、2015年頃だった。一部の風変わりな人向けの媒体だったデジタルメディアは、2011年から伸びを見せ始め、2017年にはデジタルに投下させる広告費がTVや雑誌を抜いて首位に躍り出た。
コンテンツへの接触時間も急上昇して、2019年には世界全体でTVを追い抜き、10年前には倍近い差を付けられていたところから逆転を果たした。
この結果「新たな有名人、すなわちコンテンツクリエイターが生み出された。コンテンツクリエイターは、オンラインの世界を構成するデジタルコンテンツを創出しており、従来のメディアが担っていた"アテンション"を奪い取っている。その結果、動画や消費者の習慣、そして最も重要な点としては、消費者の支出に変化」を及ぼすことになった。
アテンションエコノミー
しかし、今度は新たな問題が生じた。アテンションエコノミーだ。FacebookやTwitterなどのSNSは、人々の関心・注目を集めることでメディアへの滞在時間を伸ばし、それが広告費として経済的価値に還元される仕組みを生み出した。
米国西海岸に住む一握りの男性、そして白人エンジニアによって設計されたアルゴリズムは、ニュースフィードや通知、検索結果を通じて10億人の思考や行動に影響を与えるまでとなった。Googleでアテンションを研究していたトリスタン・ハリスが述べるように、ニュースフィードの記事は「誰かが意図的に選んだからではなく、アテンションを獲得する上で、より有効だという理由から『怒り』に支配された」もので埋め尽くされた。
こうして、人々の行動や思考は知らぬ間にアルゴリズムによって支配され、民主主義への不信感や社会的分断を生み出し、メンタルヘルスに悪影響を与えたと指摘される(*1)。アテンションエコノミーはFacebookやTwitter、TikTokらの急成長を支え、2016年の米大統領選挙でドナルド・トランプ氏に勝利をもたらす土壌になったとすら言われた。その倫理的弊害が問題視されるにつれて、新たなビジネスモデルが必要だと人々は気付き始めた。
アテンションエコノミーを駆動させる主要なプラットフォームの1つ、YouTubeは2018年頃からチャンネルメンバーシップと呼ばれるサブスク機能を本格化させた。人気YouTuberのローガン・ポールのように迷惑行為で再生回数を稼ぐクリエイターへの批判が高まるとともに、広告モデルとは異なる形でクリエイターに収益を還元する方法が望まれるようになった。
前述したように、デジタルの広告費は増加し続けていたが、少数の事業者が広告費用を分け合うTVとは異なり、無数の事業者が参入するデジタルメディアの広告単価は下落を続けていた。クリエイターは下落した単価を補うため、過激なパフォーマンスによってアテンションを掻き集めることに注力し、その結果としてプラットフォーム側は対応を迫られた。こうして2018年頃から、サブスクリプションや投げ銭、コミュニティ(日本で言うオンラインサロン)などの事業モデルに注目が集まり始めた。
(*1)ただし、こういったわかりやすい物語には実証的な批判も多い。たとえば代表的な日本語文献には田中辰雄・浜屋敏『ネットは社会を分断しない』(KADOKAWA、2019)などがある。
パッションエコノミー(Passion Economy)の登場
この現象を最も的確に説明したのは、著名VCのAndreessen Horowitz(当時)のリー・ジン氏によって2019年に書かれた記事「The Passion Economy and the Future of Work(パッションエコノミーと未来の仕事)」だ。