ロシアが侵攻を続けるウクライナにおいて、多数の市民が避難を開始している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の発表によれば、3月1日時点でウクライナ国外へ避難した人々は50万人超にのぼり、今後も増大する見込みだ。
各国は、こうしたウクライナ難民(*1)をどのように受け入れていくのだろうか?
(*1)なお本稿では「ウクライナ難民」を、「ロシアの侵攻によりウクライナ国内から国外へ避難する人々」として用いる。
ウクライナの人口や位置関係
まず難民の規模と近隣諸国への流入を想定して、ウクライナの人口および位置関係を見てみよう。ウクライナの人口は、約4,100万人(2021年12月)で、東部のドネツクには約400万人、中部の重工業都市・ドニエプロペトロフスクに約300万人、首都・キーウ(*2)には約290万人が暮らしている。
ウクライナの位置関係としては、東にロシア、北にベラルーシ、西にEU加盟国であるポーランド、スロヴァキア、ハンガリー、ルーマニア、さらに非加盟国のモルドバと国境を接している。
ウクライナ周辺の地図(Google Map)
(*2) 首都・Київの表記は、キーウ(英・Kyiv)とキエフ(英・Kiev)があるが、前者はウクライナ語由来の呼称で、後者はロシア語由来の呼称である。米・the Wall Street Journal や 米・the Washington Post,、英・the Telegraph、 そして英・ BBCらは前者の表記を用いており、本稿もこれに倣ってキーウの表記を用いる。
ウクライナ難民の動向と予測
先月24日、ウクライナ国境沿いに展開していたロシア軍がウクライナへの侵攻を開始すると、同国内で避難をはじめる人々が急増した。西側へ向かう道路での大規模な渋滞や、列車を待つ人々でターミナル駅が埋め尽くされる様子などが確認されている。
こうしたウクライナ難民は、今後も増大する見込みだ。最大で300〜500万人規模の難民が発生する可能性が指摘されており、歴史的な人道的危機の1つになることは間違いない。
北・東・南方からロシア軍が展開する中、こうした人々が向かうのは西だ。ウクライナ国籍をもつ人々は、ヨーロッパ連合(EU)の加盟国のうち、シェンゲン圏への査証(ビザ)無しでの入国が認められている。ウクライナ西部に位置する都市・リヴィヴは、EU各国へ向かうバスの発着地となっており、EU加盟国では、すでにウクライナ難民の入国が確認されている。
各国の受け入れ方針
ではヨーロッパ諸国をはじめ、各国はウクライナ難民の受け入れについてどのような方針をとっているのだろうか?
ヨーロッパ
EUは今後3年間にわたって、ウクライナ難民について難民申請の有無に関わらず受け入れることを発表した。ヨーロッパ委員会(EC)のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は「プーチンの爆弾から逃げなければならない人々を、心から喜んで歓迎します。 私たちは、難民の受け入れと保護において、東部加盟国を支援します」とし、受け入れ体制を整えることを明言した。
ウクライナと国境を接するポーランド、スロヴァキア、ハンガリー、ルーマニアもそれぞれ受け入れを発表している。2月28日時点での受け入れ状況は、
- ポーランド(28万1,000人)
- スロヴァキア(3万人)
- ハンガリー(8万4,000人)
- ルーマニア(3万2,000人)
となっており、入国を待ち望む人々が継続的に殺到している状況だ。EU非加盟国の隣国・モルドバも受け入れを発表しており、27日までに7万人以上の人々が入国している。
ほかの全てのEU加盟国も(アイルランド・イタリア・エストニア・オーストリア・オランダ・キプロス・ギリシャ・クロアチア・スウェーデン・スペイン・スロベニア・チェコ・デンマーク・ドイツ・フィンランド・フランス・ブルガリア・ベルギー・ポルトガル・マルタ・ラトビア・リトアニア・ルクセンブルク)、ウクライナ難民を受け入れるとしている。
具体的な受け入れ人数を明らかにしたのは、
- ルーマニア(50万人)
- スロベニア(20万人)
- クロアチア(1万7,000人)
- ラトビア(1万人)
- エストニア(8,000人)
だ。イタリアは受け入れ数には言及していないものの、1万以上の施設で受け入れ準備を進めていることを明らかにしている。
さらにウクライナからの移動を円滑に行えるように、EU域内の鉄道料金が免除されたり、国境沿いでは多数の市民が、難民を送迎するために手を貸している。
一方、英国はウクライナ難民の受け入れに難色を示している。同国は、難民の受け入れはおこなうものの「英国内に親族がいるウクライナ人」に限るとしている。新たなビザ申請も受け付けておらず、こうした姿勢は国内外から批判が相次ぐ。
北南米
米国は、受け入れを検討しているものの、目下のところはサポートの役割に徹するとして、人々がヨーロッパへと円滑に移動・移住できるように、資金援助や物資提供をおこなう。というのも現行の制度下では、ウクライナ人が自国外から難民申請をすることは認められていないため、空路が断たれているウクライナからの渡航が現実的でないからだ。ウクライナ国内から申請することは可能だが、現状ではウクライナ難民を即時受け入れする体制は整っていない。
一方カナダは、ウクライナ難民の受け入れを決めており、すでに2月28日時点で約4,000件の申請が許可されている。
さらにメキシコやブラジルでは、国内のウクライナ人コミュニティが住居や食糧の提供をおこなうとして、ウクライナ難民の流入に備えている。これらの国々やアルゼンチンなど南米大陸では、ウクライナ人のビザ無し入国が認められており、避難先としての可能性は十分にありうる。
その他の国・企業
オーストラリアも、ウクライナ難民の受け入れに積極的な姿勢を示している。同国のスコット・モリソン首相は、「当面は避難する人々の移動をサポートすることが中心だが、今後はアフガニスタンの時と同様に、ウクライナからの人々を受け入れるつもりだ」と述べ、ビザ申請における優遇などを決めている。
日本は「現地情勢を把握しつつ適切に対応する」としており、受け入れの方針は立っていない。
一方で、民泊サービスを提供する米・Airbnb は10万人のウクライナ難民に、無償で宿泊サービスを提供することを決めた。同社は昨年、2万人のアフガニスタン難民に住居を提供しており、今回も住居提供者と連携を取りながら、住居を提供する予定だ。
「ウクライナ難民」とは誰を指すのか
このようにロシア侵攻に伴って発生する難民の受け入れをめぐって、各国は人道的立場から積極的な姿勢を見せている。しかし、実際の受け入れをめぐって「ウクライナ難民」とは誰を指すのかを問う問題も発生している。
たとえば、ポーランド国境では黒人の人々が警備隊によって銃で脅され、入国を拒否された。さらに、ブルガリア首相のキリル・ペクトフ氏は「この人(ウクライナ人)たちは知的で、教育を受けた人たちだ。この人たちは私たちが慣れ親しんだ難民、つまり身元不明で、経歴もわからず、テロリストかもしれない人々とは違うのだ」と述べ、人種差別やイスラム教への憎悪を煽るものだと批判が起きている。
政治的な観点からみると、近年のEUの難民政策は、受け入れを制限する傾向があり、コロナ禍以降に増加した北アフリカや中東地域からの難民についても、第三国への経済支援による国境管理の徹底といった方策で、難民の流入を防いできた。特に東欧諸国のポーランドやハンガリーでは、反移民的な政策が展開されていたのも事実だ。
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人道的な観点からの難民保護は、各国の最優先事項となっている。しかし事態が沈静化した際、EU諸国を始めとするウクライナ難民を受け入れた国々は、中東やアフリカ地域からの難民についても対応を迫られることになるだろう。