2020年10月26日、菅首相は所信表明演説をおこない「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言した。カーボンニュートラルは、EUなどに加えて中国も宣言しており、世界は本格的な脱炭素社会へと舵を切りはじめた。
そもそもカーボンニュートラルとはどのような概念であり、どんな議論がおこなわれているのだろうか?
カーボンニュートラルとは何か
カーボンニュートラルは、最近になって多くの国や自治体、企業などが提唱している。たとえば、世界の石炭火力発電のうち上位10カ国は、半分の5ヶ国が2050-60年までのカーボンニュートラルを宣言している。
また国に限らず、自治体レベルでも動きは進んでおり、東京都や米国・ニューヨーク州はそれぞれ2050年までのカーボンニュートラルを目指している。
企業の動きも盛んになっている。例えばApple社は、すでに達成している自社のカーボンニュートラルに加えて、2030年までに、サプライチェーンにおいても100%カーボンニュートラルを目指すと約束している。
またNestle社は、2017年からカーボン・ニュートラルに取り組んできたが、2022年までにサプライチェーンと商品のライフサイクルにおいても100%カーボン・ニュートラルを目指すことを宣言している。
カーボンニュートラルとは、大気中に放出される二酸化炭素などの温室効果ガス(Greenhouse gas、GHG)と同量のGHGを除去することで、実質的なGHGがゼロになる状態を指す。例えば欧州議会は、カーボンニュートラルを以下のように定義している。
カーボンニュートラルとは、二酸化炭素の排出と、大気中の二酸化炭素の吸収のバランスが取れている状態を意味する。大気中から二酸化炭素を除去し、それらを貯蔵することは、炭素隔離として知られているが、実質ゼロの排出を達成するためには、世界の温室効果ガスの排出は、すべて炭素隔離によって相殺される必要がある。
ここでは「カーボン(二酸化炭素)」という用語が充てられているが、GHGにはメタンや一酸化二窒素、フロンなども含まれるため、これらの排出が実質ゼロになった状態まで含めて、カーボンニュートラルと呼ぶ場合もある。
GHGの除去は、例えば植林や森林保護などによって樹木を増やすなど、GHGを吸収する自然物を通じておこなう場合もあれば、GHGの排出権を取引することで、あるセクターで発生した排出量を異なるセクターで削減することで相殺する場合もある。
以下のように、カーボンニュートラルを実現するための方法は、いくつか存在する。
カーボンニュートラルの仕組み(筆者作成)
温室効果ガスの削減
まず、石油やガスなどの化石燃料に由来しない、再生可能エネルギーや原子力発電などの非化石燃料に転換することで、温室効果ガス(GHG)を削減する方法がある。たとえば日本であれば、エネルギー政策として
- 安全性(Safety)
- 自給率(Energy Security)
- 経済効率性(Economic Efficiency)
- 環境適合(Environment)
の「3E+S」という原則があるが、そのうち「環境適合」への政策対応として「再生可能エネルギーの主力電源化に向けた取組」を掲げられている。
ただし日本においては、福島第一原発事故などの経験から、非化石燃料のなかでも原子力発電に対する抵抗は強い。菅首相の発言後も、加藤官房長官が「現時点で、原子力発電所の新増設やリプレースは想定していない」ことを強調している。
エネルギー消費量の削減
また、GHG削減のために、エネルギー消費量そのものを削減する方法もある。従来は、石油などエネルギー資源には限りがあるため省エネの重要性が説かれることが多かったが、現在ではGHG削減を目的として省エネが叫ばれている。
具体的には、自動車や機械などのエネルギー効率を高めることで、消費するエネルギーを削減する方法がある。こうした動きを後押しするため、1990年から炭素税を導入したフィンランドや2014年に導入したフランスのように、化石燃料の炭素含有量に応じた税を課している国もある。
カーボンオフセット
しかしながら、こうした削減には限界はある。そこで登場するのが、カーボンオフセットと呼ばれる概念だ。 カーボンオフセット(以下、オフセット)とは、「どうしても排出される温室効果ガスについて、排出量に見合ったGHGの削減活動に投資すること等により、排出される温室効果ガスを埋め合わせるという考え方」だ。
例えば、GHG 削減に繋がる森林保護や太陽光発電の建設などのプロジェクトがあり、そのプロジェクトによるCO2の排出削減量(1トンあたり)を「クレジット」として企業などが購入する。そして、クレジットを購入した企業は事業活動によるCO2排出量から、購入した削減量を差し引いたものを自社からの排出量として公表できる。つまり、クレジットの購入によって、実際の排出量を相殺(オフセット)することができるのだ。
以上のような方法を通じて、カーボンニュートラルの実現を国や自治体、企業などが目指している。
カーボンフリーとの違い
カーボン・ニュートラルは、「温室効果ガスの排出自体を抑制するだけでなく、排出された二酸化炭素を回収するなどして、差し引きで実質的にゼロを達成」する考え方だが、GHGを全く排出しない状態をカーボンフリーと呼ぶ。
例えばGoogleは今年11月、2030年までに自社オフィスや世界中のデータセンターにおけるエネルギーを100%カーボンフリーとすることを発表している。
従来であれば、風力や太陽光からのエネルギーが不足する時、Googleは再生可能エネルギー以外に頼る必要があった。その分をオフセットすることで、カーボンニュートラルを保ってきたのだが、これをテクノロジーの力によって、カーボンフリーに切り替えていくことが、今回の宣言だ。
同社は、風力と太陽光のエネルギーを組み合わせたり、バッテリー・ストレージの使用を増やしたり、AIを用いてエネルギー需要と予測を最適化することで、カーボンフリーを実現するという。
なぜカーボンニュートラルなのか?
では、なぜ多くの国や都市、企業などは、カーボンフリーではなくカーボンニュートラルを目指しているのだろうか?