⏩ 実際の変化は複雑で多義的、AIOE 指標が分かりやすい指標に
⏩ テクノロジーによる仕事の代替、19世紀から繰り返される「古くて新しい」議論
⏩ とはいえ「ホワイトカラーは AI に代替されにくい」論は、変化
今月1日(現地時間)、アメリカの IBM は、今後数年間で約7,800人の職が AI によって置き換わる可能性があるとし、一部職種の採用を一時停止する見通しを発表した。
OpenAI による大規模言語モデル(LLM)GPT-4 の登場などにより、業務に AI を活用する方法、あるいは人々がその変化に適応する方法に注目が集まっている。また仕事が "奪われる" ことを恐れる声や "代替される" 恐怖が高まる一方で、低失業率の時代に、自動化が進むことは望ましいという指摘もある。
AI やロボットなどテクノロジーの進化により、特定の職業や雇用に影響が生じる可能性については、歴史的に繰り返し議論されてきた。古くは19世紀のラッダイト運動で、産業革命による失業を恐れた労働者が機械を破壊した。2015年には、日本の仕事の約49%が、今後数十年のうちにロボットや機械学習による自動化の影響を受けやすいという推計も話題になった。
最近では、ラッダイト運動になぞらえて、AI などの新たな技術の導入を懸念する動きをネオ・ラッダイト運動と呼ぶ向きがある。ChatGPT の登場で「高給労働者の多くが、脆弱な状態に置かれて」いるとした上で、「狼がドアの前にいる(The wolf is at the door)」と警戒感を示す報道も見られる。
一方で LLM による AI の進歩は、従来とは異なる様相も呈している。影響を受けるとされる層が変化しているのだ。
これまで自動化の影響が大きいとされてきたのは、ドライバーや作業員など、いわゆるブルーカラー(*1)の職業で、医師や研究者、技術者のように高度な知識・技能を要する職業や、芸術家などクリエイティブな職業は影響が少ないと見られていた。
ところが最近では、ホワイトカラーと呼ばれる事務やクリエイティブ、知的産業などに従事する人々が、AI の影響を大きく受けるのではないかと言われている。東京大学の松尾豊教授は「ホワイトカラーの仕事のほぼ全てに何らかの影響がある可能性が高い」と指摘する。
ただし、センセーショナルな見出しが注目されやすいものの、実際の変化はより複雑で、多義的なものだと見られている。10年近く前に示唆されたように、テクノロジーは消費者の購買力を高めて、新たな需要と労働を生み出す可能性がある。つまり、仕事が "奪われ" たり "代替される" のではなく、"変化" すると捉えるべきだという指摘は少なくない。
たとえば、かつて銀行の窓口係の数は ATM の拡大で減ると思われていたが、逆に増加したという。現金のやり取りにかわって、クレジットカードやローンなど、新たなサービスを提供する業務が生まれたためだ。これは、仕事が “奪われ” たわけではなく、”変化” した事例のひとつだと言える。
では具体的に、どのような仕事に変化が生じると考えられ、それはなぜなのだろうか?また実際の変化は、どのようなものなのだろうか?
(*1)ホワイトカラー・ブルーカラーの用語は、説明として適切でもなければ、政治的にも正しくないという指摘もある。実際、ホワイトカラーの中にも高度な知識・技能を要する職業もあれば、そうではない職業もある。両者は一括りに出来ず、AI による影響度が異なることも明白だ。ただし、本記事では便宜上これらの語を用いていき、必要に応じて書き分けをおこなう。
"代替される"とは何か?
AI によって仕事が奪われると恐怖を煽ることは、センセーショナルで挑発的だが、そもそも "仕事が代替される" とは何を意味するのだろうか?その職業が完全に消滅することなのか、異なるスキルが求められたり、職業としての名称が変化することを意味するのだろうか?
AI による仕事の "代替” を考える上で、現在しばしば参照される概念が AI Occupational Exposure(AIOE)指標だ。これは、2018年にプリンストン大学のエドワード・W・フェルテン教授らによって考案された指標で、AI による科学的進展が生じている10分野(抽象戦略ゲームや画像認識、音声認識、言語モデルなど)と、人間が有する52種類の能力(口頭理解、口頭表現、帰納推論、腕の安定など)を突き合わせて、分析したものだ。
52種類の能力は、米・労働省による職業情報ネットワーク(O*NET)のデータベースに登録されている800以上の職業と紐付いているため、職業毎に求められる能力が分かり、そこから AI の10分野の影響を受けやすい職業が特定できる、という仕組みだ。要は、「特定の職業に用いられるスキルや能力の束」と AI の技術分野をそれぞれマッピングして、両者を突き合わせたマトリックスをつくることで、相対的な影響度を測る試みだと言える。
AIOE 指標は、あくまで AI によって "影響を受ける"(Exposure)度合いを測るもので、仕事の消滅や業務内容の根本的な変化を直ちに意味するわけではない。カリフォルニア大学サンタバーバラ校助教のマット・ビーン氏は、「影響を受ける度合い(Exposure)は、何が変化し、それがどれだけ素早く変わるのかについて何も予測していない」と指摘する。
"影響を受ける" は幅広い意味合いで使われており、その仕事が失われることから、一部業務を支援するテクノロジーの導入まで幅広いケースが含まれる。そのため、AI の "影響を受ける" や "代替される"、"奪われる" といった表現が使われている時、その語が何を意味するかは慎重に確認する必要があるのだ。
AIOE 指標による、影響を受けやすい職業
では AIOE 指標において、具体的にどのような職業が影響を受けると見なされているのだろうか?フェルテン教授らは今年3月、最新の LLM の進化を反映させた研究を発表した。同論文では、影響を受けやすい職業と産業の上位20位までがそれぞれ紹介されており、以下で見ていこう。
影響を受けやすい職業
まず影響を受けやすい職業としては、上位11位のうち教師が9個を占めている。また法律関係の職業も含まれており、いずれも知的産業に従事する人々への影響が大きいことが分かるだろう。
- 電話勧誘業者
- 英語・文学教師